東京地方裁判所 平成11年(ワ)3137号 判決 2000年8月29日
原告
デマート・プロ・アルトベー・ヴイ
右代表者
【A】
同
【B】
右訴訟代理人弁護士
佐藤雅巳
被告
北九州市
右代表者市長
【C】
被告
株式会社印象社
右代表者代表取締役
【D】
被告両名訴訟代理人弁護士
喜田村洋一
被告両名訴訟復代理人弁護士
西岡弘之
補助参加人
ガラ・サリバドール・ダリ財団
右代表者
【E】
同
【F】
右訴訟代理人弁護士
高階雅芳
同
西脇威夫
主文
一 被告らは、別紙書籍目録記載の書籍に別紙絵画目録記載二及び四の絵画を複製してはならない。
二 被告らは、別紙絵画目録記載二及び四の絵画を複製掲載した別紙書籍目録記載の書籍を頒布してはならない。
三 被告らは、別紙書籍目録記載の書籍を廃棄せよ。
四 被告らは、原告に対し、各自、金六万円及びこれに対する、被告北九州市は平成一一年三月四日から、被告株式会社印象社は平成一一年三月三日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
六 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。
七 この判決は、第四項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告らは、別紙書籍目録記載の書籍(以下「本件書籍」という。)に別紙絵画目録記載二及び四の絵画(以下「本件絵画」という。)を複製してはならず、本件絵画を複製掲載した本件書籍を頒布してはならず、本件書籍にガラ・サルバドール・ダリ財団(以下「補助参加人」という。)が本件書籍に複製掲載された別紙絵画目録記載一ないし五の絵画(以下「対象絵画」という。)の著作権者であるとの表示をしてはならず、このような表示をした本件書籍を頒布してはならない。
二 被告らは、原告に対し、別紙謝罪文目録記載の謝罪文を交付せよ。
三 被告らは、本件書籍を廃棄せよ。
四 被告らは、原告に対し、各自、金四八万九一三〇円及びこれに対する、被告北九州市は平成一一年三月四日から、被告株式会社印象社は平成一一年三月三日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実
1 スペイン人の画家である【G】(以下「【G】」という。一九八九年(平成元年)一月二三日死亡)は、対象絵画を著作した。
2 設立準備中であった原告の代表者【H】は、一九八六年(昭和六一年)六月一三日、【G】との間で、【G】の作品について契約を締結した(この契約を「本件契約」という。)。
3(一) 被告北九州市は、平成一〇年一〇月二三日から同年一一月二九日までの間、北九州市にある北九州市立美術館において、「シュルレアリスムの巨匠展」と題する展覧会の北九州展(以下「本件展覧会」という。)を開催し、同展覧会を主催した。
(二) 被告北九州市は、本件展覧会において、本件書籍を一冊二〇〇〇円で販売した。
(三) 本件書籍には、本件絵画が複製掲載されている。
(四) 被告株式会社印象社(以下「被告印象社」という。)は、本件書籍を印刷製本した。
二 事案の概要
原告は、本件契約により【G】の作品の著作権をすべて譲り受けたと主張して、被告らに対し、著作権等に基づいて、(1)本件書籍における本件絵画の複製、(2)本件書籍における対象絵画の著作権表示及び(3)本件書籍の頒布の各差止め並びに本件書籍の廃棄を求めるとともに、右(1)ないし(3)の行為が著作権侵害に当たるなどとして、損害賠償及び謝罪文の交付を求める事案である。
三 本件の争点
1 対象絵画(本件絵画)の著作権者は誰か、原告は、被告らに対して、対象絵画(本件絵画)の著作権を行使することができるか
2 被告らの故意・過失の有無等
3 損害の額等
第三本件の争点に関する当事者の主張
一 争点一について
(原告の主張)
1 本件契約の法的性質
(一) 設立準備中であった原告の代表者【H】は、一九八六年(昭和六一年)六月一三日、【G】との間において、【G】の作品の著作権をすべて譲り受ける旨の本件契約を締結し、原告は、設立後、本件契約により、対象絵画についての著作権を取得した。
(二) 本件契約は、以下に述べるとおり、著作権の期間を定めた譲渡契約である。
(1) 本件契約三条は、「上に定義、記載された権利は二〇〇四年五月一一日に終了する期間まで取り消されることなく(解除されることなく)譲渡される。書面による別段の合意がない限り、本契約期間満了時に、かかる権利は【G】又は同人の相続人若しくは他の承継人に帰するものとする。」と規定されており、その文言自体から、譲渡契約であることは明らかである。
(2) 一九八七年(昭和六二年)二月二七日、スペイン国経済財務大臣は、本件契約を承認したが、本件契約が譲渡契約であったから、この承認が必要であった。スペイン国は、その後、【G】の死亡前も死亡後も、本件契約が譲渡契約であることを認めている。
(3) 一九九六年(平成八年)二月二二日、スペイン国の裁判所(国家高等裁判所行政訴訟審)は、本件契約が譲渡である旨認定判断した判決をした(なお、右判決は、その後取り消されたが、本件契約が譲渡契約である旨の認定判断を否定したものではない。)。
(4) 【G】の死後、補助参加人自体、本件契約が譲渡契約であり、原告が【G】の著作物に対する著作権者であることを認めている。
2 本件契約の終了について
右のとおり、本件契約は、譲渡契約であって、信託契約ではないから、【G】の死亡によって終了することはない。
3 権利濫用について
この点に関する被告ら及び補助参加人の主張は、すべて争う。
4 一九八七年(昭和六二年)二月九日付け追加契約(以下「本件追加契約」という。)第三条について
本件追加契約三条は、本件契約による【G】から原告への著作権の譲渡にもかかわらず、スペイン国は、文化的目的のため、その所有する【G】の作品を展示し、当該作品の展示に関するカタログ及び文書を発行することができる旨規定しているところ、本件絵画は、スペイン国ではなく補助参加人が所有するものであるから、本件絵画については、右規定の適用はない。
(被告ら及び補助参加人の主張)
1 本件契約の法的性質
(一) 本件契約の準拠法は、スペイン法であるから、その法的性質もスペイン法により解釈されるべきところ、スペイン法によれば、本件契約の法的性質については、通常の譲渡契約ではなく、著作権の管理及び運用を目的とした信託契約と解すべきである。
(二) 被告らは、本件契約の唯一の受益者である補助参加人及び補助参加人から許諾を受けた者であるから、本件契約の受託者である原告は、補助参加人及び被告らに対し、本件契約に基づく信託財産である【G】の著作権を自己の著作権であると主張することはできないというべきである。
2 本件契約の終了
信託契約の内部関係は委任契約であるところ、スペイン国民法一七三二条によると、委任契約は、委任者の死亡により終了する。したがって、本件契約は、【G】の死亡(一九八九年一月二三日)により終了したというべきである。
なお、本件契約終了後も原告は【G】の著作権の管理を継続していたが、これは、契約終了後における事務処理の暫定的継続と理解すべきである。
3 権利濫用
仮に本件契約が終了していないとしても、原告は、補助参加人に対し、収益分配義務、費用負担義務、営業報告義務、会計報告義務、監査報告書送付義務及び協力義務をそれぞれ負っているところ、これらの各義務をいずれも履行していないから、原告が本件契約に基づく自己の権利を主張するのは権利の濫用に当たる。
4 本件追加契約三条の適用
本件追加契約三条は、スペイン国は、現在又は将来保有する【G】の作品を展示する権利並びに当該作品の展示に関するカタログ及び文書を発行することができる旨規定しているところ、本件絵画のうち、「ガラの顔の偏執狂的変貌」は補助参加人が、「犀の形態によるフェイディアスのイリッソス像」はスペイン国が所有している。補助参加人は、【G】自身が設立した財団で、スペイン国から【G】の作品の著作権の管理を委託されているから、本件追加契約三条の解釈においては、スペイン国と同視することができる。したがって、本件絵画については、右規定の適用があり、補助参加人の許諾を得た被告らは、本件絵画を本件書籍に複製掲載することができる。
二 争点二について
(原告の主張)
1 被告北九州の行為
(一) 被告北九州市は、原告が本件絵画の著作権者であることを知りながら、原告の許諾を得ないで、本件絵画を本件書籍に複製掲載し、本件展覧会会場において、本件書籍を販売した。
(二) 被告北九州市は、原告が対象絵画の著作権者であることを知りながら、本件書籍に補助参加人が原告と並んで対象絵画について著作権を有する旨の虚偽の表示をし、本件展覧会会場において、本件書籍を販売した。
2 被告印象社の行為
(一) 被告印象社は、原告が本件絵画の著作権者であることを知りながら、原告の許諾を得ないで、本件絵画を複製した本件書籍を印刷製本し、被告北九州市の著作権侵害行為を幇助した。
(二) 被告印象社は、原告が対象絵画の著作権者であることを知りながら、本件書籍に補助参加人が原告と並んで対象絵画について著作権を有する旨の虚偽の表示をした本件書籍を印刷製本し、被告北九州市の著作権侵害行為を幇助した。
(被告らの主張)
仮に原告が本件絵画についての著作権者であり、被告らの行為が原告の有する右著作権を侵害するものであったとしても、以下の事情からすると、被告らには右侵害行為に関して、故意・過失がない。
1 被告らは、公法人又は印刷会社であり、海外の画家の著作権に関して独自に調査することはできない。
2 被告らは、補助参加人から、本件契約及び本件追加契約の内容並びに本件絵画については原告の権限は及ばない旨の説明を受けていた。
三 争点三について
(原告の主張)
1 損害賠償請求について
(一) 被告印象社の本件書籍の製作原価は、一冊五〇〇円であり、被告北九州市は、本件書籍を被告印象社から仕入れ、一冊二〇〇〇円で一万部販売したから、被告らは、一五〇〇万円の利益を得た。
(二) 右金額を本件書籍の絵画掲載頁数九二で割り、本件絵画頁数の三を乗じた金額である四八万九一三〇円が原告の被った損害である。
2 謝罪文交付請求について
被告らの行為により、原告が対象絵画を含む【G】の著作物に対する唯一の著作権者であり、【G】の著作物の利用の唯一の許諾権者であることが無視され、原告が【G】の唯一の著作権者であり、【G】の著作物の唯一の利用許諾権者であることに対する疑念が生じさせられ、原告の事業に支障を来すことになった。このような損害の回復のため、原告は被告らから、別紙謝罪文目録記載の謝罪文の交付を受ける必要がある。
(被告ら及び補助参加人の主張)
1 損害賠償請求について
原告の主張は、すべて争う。
本件追加契約書一条は、本件契約から生じる純収入全部の唯一の受益者は、【G】本人か補助参加人であると規定しているから、原告に損害が発生することはない。
被告北九州市は、被告印象社から、本件書籍を一冊一八〇〇円で仕入れ、本件展覧会において、一冊二〇〇〇円で八四五冊販売した。したがって、本件書籍販売による粗利益は、一六万九〇〇〇円である。
2 謝罪文交付請求について
原告の主張は、すべて争う。
第四当裁判所の判断
一 【G】の著作物に関する我が国著作権法上の保護について
日本及びスペイン国は、いずれも文学的および美術的著作物の保護に関するベルヌ条約パリ改正条約の締結国であるから、同条約三条(1)項a及び我が国の著作権法六条三号により、スペイン国民であった【G】の著作物である本件絵画は、我が国の著作権法による保護を受ける。
二 争点一について
1 証拠(甲三、四、甲一四の一、二、甲二五、乙一、戊二ないし四の各一ないし三)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。
(一) 本件契約の締結
一九八六年(昭和六一年)六月一三日、スペイン国フィゲラス(ヘローナ)トレ・ガラテアにおいて、【G】は、当時設立準備中であった原告の代表者【H】との間で、概要次のとおりの内容の本件契約を締結した。
第一条(著作者の権利の期間を定めた譲渡)
【G】は、ここに、全世界を対象として、原告に対し、現時点で知られているといないとに拘わらず、また、その種類(文学、美術、戯曲、音楽、映画その他)を問わず、同人の全作品につき現に存し当該作品より由来する一切の知的財産権の完全かつ円満な行使を譲渡し、同社はかかる譲渡を受諾する。
1 (省略)
2 一切の態様、根拠、方法又はメディアによる作品の複製及び出版を許可又は禁止する権利
3 債権回収の権利
4、5 (省略)
第二条(著作者の権利の譲渡の性質)
前条に定義、記載された権利は純粋且つ円満な権利で原告のみに譲渡される。原告は、かかる権利を原告の独自的な計算及びリスクのもとに行使するものとする。
(以下省略)
第三条(譲渡期間)
上に定義、記載された権利は二〇〇四年五月一一日に終了する期間まで取り消されることなく(解除されることなく)譲渡される。書面による別段の合意がない限り、本契約期間満了時に、かかる権利は【G】又は同人の相続人若しくは他の承継人に帰するものとする。
本書により原告に期間を定めて譲渡された権利には何らの負担がないものと了解されている。
第四条(譲渡の対価)
1 原告は、原告のとりうる一切の手段を講じて、世界的スケールで、然るべき同意を得ずして又は権利を侵害して遂行された出版、複製及び放送に対して阻止、追及又は罰則の適用を求め、同時に一般に芸術家の人格及び財産権に損害を与える、いかなる形態での悪用を追及して、【G】の作品を防御する義務を受諾することに同意する。
2 原告は、原告に譲渡された権利を行使することにより得た純利益を、原告の選択により、全世界にわたり、現在知られ又は将来知られるあらゆる方法で、【G】の作品の研究及び紹介に関連した、原告自身により又は【G】氏若しくはガラ・サルバドール・ダリ財団と共同で遂行される活動の資金として使用することに同意する。
上記活動には、特に、カタログの出版、教育的又は科学的作品の準備、文化的又は専門的サービスの供給及び展覧会の主催が含まれる。
3 【G】の著作者の権利の行使の原告への譲渡は、【G】又は同人の代理人によって本契約締結以前に締結された現在有効な契約を同人の利益のために監督し、引続き実行する義務並びに引続き相応する金員の受領及び回収をする義務を伴う。
第五条ないし第八条 (省略)第九条(停止条件)
1 本契約は、管轄スペイン行政庁より明示的な認可を得ることを条件に効力を発する。
2 加えて、本契約は、原告が、本契約の日から六か月以内の期間に然るべく完全に設立され、【H】氏が、かかる期間内に、【G】及び管轄諸庁に前述の会社の最終的な設立及び正式な資格並びに【H】氏が原告の代表者として本契約を調印するに十分な権限を有していることを証明し、本契約の一部をなすものとして添付されるべき相応する公的書類を発行することを条件に効力を発する。
第一〇条以下 (省略)
(二) 本件追加契約の締結
一九八七年(昭和六二年)二月九日、原告と【G】との間において、本件契約中の合意のいくつかの内容及び解釈を明確にするために、本件追加契約が締結された。その概要は、次のとおりである。
第一条本件契約第四条は、いかなる場合にも、当該権利の管理及び利用から生じる純収入全部の唯一の受益者が、【G】氏又は補助参加人であると解釈されるものとする。
(以下省略)
第二条
(省略)
第三条本契約により、スペイン国は、現在所有し又は将来所有することのある【G】氏の作品に関し、文化的目的のために、自由に展示権を行使し、当該作品の展示に関するカタログ、文書を編集し発行する権利を行使することを妨げられない。
(三) 本件契約に係る条件成就等
(1) 一九八六年(昭和六一年)九月三日、原告は設立され、【H】が原告の代表者に就任した。
(2) 同年一〇月七日、本件契約九条二項の各条件が成就し、原告は本件契約を含む【H】のすべての行為を追認した。
(3) 一九八七年(昭和六二年)二月一九日、スペイン国政府は、本件契約及び本件追加契約を認可し、本件契約九条一項に規定されている条件が成就した。
2 本件契約の法的性質、本件契約の終了の有無及び原告による著作権の行使について
(一) 右1認定の事実によると、原告と【G】との間に、本件契約及び本件追加契約が成立し、その効力を生じたものと認められる。
証拠(甲三、戊二の一ないし三)によると、本件契約当事者は、本件契約の準拠法をスペイン法とすることに合意した(本件契約一〇条)ものと認められ、本件追加契約においても、この点は異なるところはないというべきである。
(二) そこで、本件契約の法的性質について検討する。
(1) 証拠(甲三、四、甲一四の一、二、乙一、戊二、三の各一ないし三)及び弁論の全趣旨によると、本件契約では、「著作者の権利の期間を定めた譲渡」(契約書表題)、「著作者の権利の期間を定めた譲渡」(一条見出し)、「著作者の権利の譲渡の性質」(二条見出し)、「前条に定義、記載された権利は・・・譲渡される。」(二条一項)、「譲渡期間」(三条見出し)、「暫定的に譲渡された権利」(三条)、「譲渡の対価」(四条見出し)、「譲渡された権利にかかわる活動、契約、交渉及び事柄」(五条一項)、「当該会社に譲渡された権利」(一一条二項)等、特に限定を付さない「譲渡」(スペイン語で「CESION」)という用語が用いられていること、本件追加契約においても、本件契約に関して、「著作権の期間を限定した譲渡」であると表現されていること、これに対して、本件契約及び本件追加契約には、「信託」という用語は、全く用いられていないこと、以上の事実が認められる。
(2) 右1(一)認定の本件契約三条の規定によると、本件契約の当事者は、本件契約は、当事者が任意に解除することができないものであって、二〇〇四年五月一一日まで存続し、【G】の作品の著作権は、契約期間満了時に、【G】、【G】の相続人又は他の承継人に帰属する旨を約定していたものと認められる。しかるところ、証拠(戊一の一ないし三)及び弁論の全趣旨によると、右約定は、委託者による解除が認められないという点において、スペイン法における信託契約に関する理解と異なるものと認められる。そうすると、本件契約の右約定は、本件契約が信託契約ではないことを示しているというべきである。
(3) 証拠(甲一三、甲一四の一、二、甲一五、甲二〇、二二ないし二四、戊六ないし一一の各一ないし三、戊一六、一七)及び弁論の全趣旨によると、スペイン国政府は、一九九一年(平成三年)ころまでは、原告が【G】の作品の著作権の譲受人であり、【G】の作品の著作権の利用については、原告の事前の承認が必要である旨認めており、補助参加人も同様の立場を採っていて、本件契約が信託契約であるというような主張を全くしていなかったこと、ところが、スペイン国政府は、一九九四年(平成六年)ころから、本件契約は【G】の死亡によって終了し、【G】の作品の著作権はスペイン国に帰属するとの立場を採るようになり、補助参加人も、同様の主張をするようになったこと、以上の事実が認められる。以上の事実によると、スペイン国政府や補助参加人は、もともと、原告が【G】の作品の著作権の譲受人であることを認めており、本件契約が信託契約であるというような主張を全くしていなかったところ、ある時期から、本件契約は【G】の死亡によって終了したとの主張をするようになったことが認められる。そのように主張が変化した理由については、本件全証拠によるも、明らかではない。
(4) 右1(一)認定のとおり、本件契約四条は、譲渡の対価について定めているところ、右1(二)認定のとおり、本件追加契約一条は、「本件契約第四条は、いかなる場合にも、当該権利の管理及び利用から生じる純収入全部の唯一の受益者が、【G】氏又は補助参加人であると解釈されるものとする。」と規定している。
そして、右1(一)認定のとおり、本件契約四条二項は、譲渡の対価として、原告は、【G】の作品について著作権を行使することによって得た純利益を、【G】の作品の研究紹介に関連した活動に使用することに同意すると規定していること、右1(二)認定のとおり、本件追加契約は、本件契約中の合意のいくつかの内容及び解釈を明確にするために締結されたものであることからすると、本件追加契約一条は、本件契約四条の右規定の趣旨を確認したものと解される。そうすると、本件追加契約一条は、本件契約における譲渡の対価の内容を確認したものと解されるから、同条から本件契約が信託契約であると認めることはできない。
(5) 以上の(1)ないし(4)で述べたところを総合すると、本件契約は、信託契約ではなく、【G】の作品に関する著作権を原告に対して時間的に一部譲渡する契約であると解するのが相当である。
なお、被告らは、各種法律意見書(甲一四の一、二、甲一六、戊一、九、一〇の各一ないし三)を根拠として、本件契約の性質は信託契約である旨主張するが、右各法律意見書をもっても、右認定事実を覆すに足りるものということはできない。
(三) そうすると、原告は、時間的な制限があることを除けば、他に制限のない、【G】の作品に関する著作権者であるから、補助参加人及び被告らに対し、対象絵画を含む【G】の作品に関する著作権を行使することを妨げられることはないというべきである。また、本件契約が【G】の死亡により終了する理由はないから、本件契約が【G】の死亡により終了したということもできない。
(四) 被告ら及び補助参加人は、原告が補助参加人に対して負っている各種義務に違反していることを理由として、原告が本件契約に基づく自己の権利を主張するのは権利の濫用である旨主張するが、右義務違反については、これを認めるに足りる的確な証拠はない(監査法人の臨時報告書(戊二〇の一ないし三)が存するが、これのみでは、いまだ右義務違反を認めるに足りる的確な証拠ということはできない。)。したがって、被告らの右主張は採用することができない。
(五) 被告ら及び補助参加人は、本件絵画については、本件追加契約三条により、被告らは、本件書籍に複製掲載することができる旨主張するので、判断する。
右1(二)認定の事実によると、本件追加契約三条は、スペイン国の所有する【G】の作品に関する規定であると認められる。
しかるところ、弁論の全趣旨によると、本件絵画のうち「ガラの顔の偏執狂的変貌」は補助参加人が所有していることが認められる。被告ら及び補助参加人は、「補助参加人は、【G】自身が設立した財団で、スペイン国から【G】の作品の著作権の管理を委託されている」と主張するが、それのみで、本件追加契約三条の解釈において、補助参加人とスペイン国を同視することはできず、他に、補助参加人とスペイン国を本件追加契約三条の解釈において同一視すべき根拠もないから、本件絵画のうち「ガラの顔の偏執狂的変貌」については、右規定は適用されないというべきである。
被告ら及び補助参加人は、本件絵画のうち「犀の形態によるフェイディアスのイリッソス像」はスペイン国が所有していると主張するが、証拠(甲一)によると、本件書籍には、右絵画は、補助参加人の所蔵であると記載されていて、スペイン国が所有していることをうかがわせる記載はないことが認められ、他に右絵画をスペイン国が所有していることを認めるに足りる証拠はないから、右絵画に右規定が適用されるとは認められない。
したがって、被告ら及び補助参加人の右主張は採用することができない。
三 争点二について
1 被告北九州市の行為について
(一) 証拠(甲一)及び弁論の全趣旨によると、本件書籍は、本件展覧会のほか、愛知県岡崎市所在の岡崎市美術博物館において開催された岡崎展及び大阪市所在の近鉄アート館において開催された大阪展において販売するために作成されたものであって、本件書籍には、岡崎市美術博物館、北九州市立美術館及び株式会社ブレーントラストが編集し、「シュルレアリズムの巨匠展」カタログ実行委員会が発行した旨の記載があることが認められる。以上の事実に、前記第二の一2(一)のとおり被告北九州市が本件展覧会を主催した事実及び弁論の全趣旨を総合すると、被告北九州市は、他の主催団体等とともに、本件書籍を編集、発行したものと認められる。また、前記第二の一2(二)のとおり被告北九州市は本件展覧会において本件書籍を販売したものである。
前記二のとおり、原告が本件絵画の著作権者であって、原告の許諾を得ることなく本件絵画を本件書籍に複製掲載する行為は、原告の著作権を侵害する行為であるところ、被告北九州市が本件書籍を編集、発行するに際して本件絵画を本件書籍に複製掲載した行為は、原告の著作権を侵害する行為であると認められる。
(二) そこで、被告北九州市に故意、過失があったかどうかについて判断する。
(1) 証拠(甲一、六ないし一〇、一八ないし二六)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。
① 本件書籍の印刷製本を行った被告印象社は、本件書籍を制作中であった平成一〇年七月六日、原告の日本での代理人である古木弁護士宛に、【G】の作品の著作権に関する原告の許諾手続についての問合せを行った。その際、被告印象社は、本件書籍には【G】作品が三点(別紙絵画目録一、三、五)掲載される予定である旨告げた。
古木弁護士は、平成一〇年七月一六日、被告印象社に対して、本件書籍への右三点の掲載を使用料九万円で許諾した。
しかし、本件絵画については、本件書籍への掲載の許諾を求める手続はされなかった。
② 【G】の作品の展覧会において、会場で販売するカタログへの作品の掲載について、原告の許諾を得ることは、他の展覧会でも行われている。被告印象社は、それらの他の展覧会のカタログを印刷したことがあった。
③ 原告は、平成一〇年一〇月八日、被告北九州市(北九州市立美術館)に対し、本件絵画の著作権者が原告であること、本件書籍には本件絵画が複製使用されていることから、原告の承諾なく本件書籍を販売した場合には、著作権侵害行為になること等を内容とする通告書を送付した。
原告からの右通告に対し、被告北九州市(北九州市立美術館館長)は、本件書籍の著作権の関係は、株式会社ブレーントラストが責任をもって解決すべき問題であること等を内容とする回答書を送付した。
④ 平成九年九月五日、東京地方裁判所は、原告が、【G】作品の著作権を有すると主張して、朝日新聞社等に対し、損害賠償等を請求した事件(平成三年(ワ)第三六八二号事件。以下「朝日新聞社事件」という。)において、本件契約は、著作権の時間的一部譲渡契約であるとして、【G】の著作物について、原告に著作権が帰属する旨判示し、同判決は、一審で確定した。
(2) 右(1)認定の事実に前記二で述べたところと弁論の全趣旨を総合すると、被告北九州市は、本件絵画を本件書籍に複製掲載するに当たり、自ら特段の調査、検討をすることがなかったこと、被告北九州市が、自ら原告と【G】との契約関係や朝日新聞社事件の判決等を調査、検討すれば、原告が本件絵画の著作権を有し、原告の許諾が必要なことが判明したこと、以上の事実が認められるから、被告北九州市が本件絵画を本件書籍に複製掲載したことには、過失があるというべきである。
2 被告印象社の行為について
前記第二の一2(四)のとおり、被告印象社は、本件書籍を印刷製本したものと認められるが、右1(二)(1)認定の事実に前記二で述べたところと弁論の全趣旨を総合すると、被告印象社は、原告の代理人である古木弁護士に対して、対象絵画のうち三点については、本件書籍への掲載について許諾を求めたが、本件絵画については、許諾を求めなかったこと、被告印象社は、許諾を求めなかった本件絵画の著作権者等について、自ら特段の調査、検討をすることがなかったこと、被告印象社が、自ら原告と【G】との契約関係や朝日新聞社事件の判決等を調査、検討すれば、原告が本件絵画の著作権を有し、原告の許諾が必要なことが判明したこと、以上の事実が認められるから、被告印象社は、過失により、本件書籍を印刷製本し、被告北九州市の著作権侵害行為を幇助したものと認められる。
3 被告らは、公法人又は印刷会社であり、海外の画家の著作権に関して独自に調査することはできないし、補助参加人から、本件契約及び本件追加契約の内容並びに本件絵画については原告の権限は及ばない旨の説明を受けていたと主張する。
しかし、被告らが、原告と【G】との契約関係や朝日新聞社事件の判決等を調査、検討することが格別困難であるとは解されない。また、補助参加人の説明は、既に認定したとおり誤ったものであって、右1、2認定のとおり、被告らが、自ら原告と【G】との契約関係や朝日新聞社事件の判決等を調査、検討していれば、そのことは判明したものと認められるから、補助参加人から説明を受けていたとしても、そのことが、右1、2の認定を左右することはないというべきである。
4 原告は、被告北九州市は、本件書籍に補助参加人が原告と並んで対象絵画について著作権を有する旨の虚偽の表示をし、本件書籍を販売したものであり、被告印象社は、本件書籍を印刷製本して、被告北九州市の行為を幇助したと主張する。
証拠(甲一)によると、本件書籍には、対象絵画について原告と補助参加人が著作権を有する旨の記載があることが認められ、前記二で述べたところからすると、右記載のうち補助参加人に関する部分は真実に反する記載であると認められるが、このような記載をしたからといって、そのことが原告の著作権を侵害するということはできない。また、右記載は、補助参加人のみならず原告も著作権者として記載されていること、右記載によって原告が何らかの具体的な被害を被ったことを認めるに足りる証拠がないことからすると、右の記載をしたことが直ちに不法行為に当たるということはできず、その他、右記載について不法行為の成立を認めるべき事情は認められない。
四 争点三及び複製頒布禁止等請求の可否について
1 損害賠償請求について
(一) 原告は、被告北九州市が本件書籍の販売によって得た利益の額によって損害を算定して請求しているが、原告が、本件絵画を掲載した出版物を発行又は販売していることを認めるに足りる証拠はないから、原告は、被告北九州市が本件書籍の販売によって得た利益の額によって損害を請求することはできないというべきである。
(二) しかし、原告は、被告らに対して、使用料相当額を請求することはできるので、その額について判断する。
証拠(甲一、二)及び弁論の全趣旨によると、被告北九州市は、本件展覧会において、本件書籍を、一冊定価二〇〇〇円で八四五冊販売したこと、本件書籍の絵画掲載頁数が九二頁であるのに対して、本件絵画の該当頁数は三頁であること、以上の事実が認められる。また、前記三1(二)認定のとおり、原告の代理人は、対象絵画中本件絵画以外の三点の絵画の本件書籍への掲載を使用料九万円で許諾したことが認められる。そして、以上の事実に弁論の全趣旨を総合すると、本件絵画の使用料相当額は、六万円と認めるのが相当であり、被告らは、これを不真正連帯債務として負担するというべきである。
なお、原告は、被告北九州市の販売数量について、一万部である旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
(三) 被告ら及び補助参加人は、本件追加契約書一条の規定を根拠として、原告に損害が発生することはないと主張するが、前記二認定のとおり、本件契約は、【G】の作品に関する著作権を原告に対して時間的に一部譲渡する契約であって、本件追加契約書一条の規定は、その譲渡の対価の内容を確認したものと解されるから、著作権者である原告に損害が発生しないということはできない。
2 複製頒布禁止等請求について
(一) 既に述べたとおり、被告らが、本件書籍に本件絵画を複製掲載する行為は、原告の著作権を侵害する行為である。また、被告らが、本件絵画を複製掲載した本件書籍を頒布する行為は、少なくとも将来においては、「情を知って」されるものということができるから、原告の著作権を侵害する行為であるとみなされる。したがって、これらの行為の差止請求と本件書籍の廃棄を求める請求は理由がある。
(二) 本件書籍に補助参加人が対象絵画の著作権者であるとの表示をする行為は、前記三4のとおり、原告の著作権を侵害する行為ということはできないから、著作権に基づいて右行為の差止めを求めることはできない。また、原告は、営業権(営業を行う者として、信用を毀損したり営業を妨害されたりしないという意味の権利)に基づいて右行為の差止めを求めるとも主張するが、そのような権利を差止請求権を基礎付ける権利として認めるべき法的根拠は見い出し難いから、営業権に基づく差止請求も認められない。
3 謝罪文交付請求について
原告は、被告らによって著作者人格権を侵害された者ではなく、名誉を毀損されたとも認められないから、原告が、被告らに対して、損害賠償以外の措置を求めることができる法的根拠はないものといわなければならない。したがって、この点に関する原告の請求は理由がない。
五 結論
以上の次第で、原告の被告らに対する各請求は、主文掲記の限りで理由がある。
(裁判長裁判官 森義之 裁判官 内藤裕之 裁判官 杜下弘記)
<以下省略>